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今頃になってから気づいたけど

躁と鬱の間をふらふらしながら、音楽聴いたり読書したりアニメ見たり。

今の自分にできること

昨夜は久々にご錯乱でした。
給料日前後に錯乱するとか仕事してた頃と何も変わらない。

医療費、携帯代、田舎に帰るバス代、諸々諸々…収入ゼロの私は全てを夫の給料から頂かなくてはいけないわけです。特に医療費は、月に8回行く鍼が1回で4000円かかるので、夫からしたらあげてもあげても無くなっていくようなものだろう。

いつまで夫に甘えて生きるんだろう。誰かにお金をもらうために気を使わないと生きられない窮屈さ、に息が出来ない。
いつか嫌われて捨てられるんだろうな。普段はベタ惚れな態度の夫が、人を見切る時はひどく冷静で残酷なのは知っている。
でも私は嫌われるのが怖い。捨てられるのが怖い。クズな私を認めて愛をくれたのは、親でも友達でもなくてこの人だけ。生きていたいと願っちゃったから、もう一人になっても死ねない。醜く生きることにすがらないといけない。昔なら、死ねた。

生きることは拷問で、処罰で、逃れられない。楽しいことは最高の快楽みたいに一瞬で、プラマイはマイナスになる。私の人生はそうだった。死なないと救われない。昔の人が仏や神に救いを求めたのはこんな気持ちなんだろうか。

あー死にたい死にたいと思って泣いて睡眠薬飲んで無理矢理寝て起きて少しは持ち直した。ここの所、お金のことで夫と言い合いをしたり、前の職場の後輩から復帰しないかと声をかけられたり、いろいろあったからだろう。

働かないと自由はない。それでも働けない状態に自分をしたのは自分で、現状は全て自分の選択の上に存在する。責任は自分にある。自由がないのは自分のせい。選択の全てを自分で負うっていうのは誰にも文句が言えないこと。

全て私が選んだこと。
文句を言うなら選んだ私に。

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